
闇
暗闇の中で重苦しい金属音が響き、リリアは小さな――それこそ、僅かに空気を揺らすだけの溜息を吐いた。
それはここ何年かで癖になっている溜息の仕方だ。リリアが世話をしている人物は、あまりにも気配に聡く、人の心の動きに敏感だ。気落ちしている自分を見れば、そっとした優しさで、労ってくれる。けれども、それはリリアの望むことではない。
――少しでもあの方の苦労を軽く。
そう思い、世話を志願したというのに、逆に心労になっては意味がない。
「ゴルダーク様、お食事をお持ちしました」
暗い石室は重罪を犯した者を閉じこめるためのもの。この方が、この部屋に入らねばならぬ理由など無い。そして、このような部屋、そして手足に絡む鎖など、この方を閉じこめておくには不足なのだ。けれども――ゴルダークは甘んじてその拘束を受けている。
ゴルダークの心情を理解していても、リリアはそれが我慢ならなかった。なぜ、このような不遇を甘んじて受け入れなければならないのだ。
その思いは、精神的な修行を何年も積み、平静を保つことを課した心に、細波のように浮かぶ。
「――リリアよ」
「はい」
けれども、その都度、ゴルダークはこう言うのだ。
「私は不満など無い」
「ゴルダーク様……」
それが、ゴルダークの本心であることを、リリアはよく知っていた。
ゴルダークの中にあるのは、実の兄への敬愛と、そしてこの国の行く末だ。それ以外のことは――自分自身ですら――些細なことなのだ。
リリアがいかに憤懣を身内に募らせても、ゴルダーク自身が、それを望んでいない。だから、リリアはこうしてそっと側に寄り添うことしかできない。怒りのままに剣を振り上げることも、ゴルダークの潔白を声高らかに叫ぶことが出来ない。それをしてしまえば――ゴルダークはきっと悲しむであろうから。
しんしんと積もる怒りと憎しみを、こうしてゴルダークに洗われて、ようやく自分を保つことができる。
――ああ、結局、私はゴルダーク様に頼っている。幼い頃から、ずっと、頼ってばかりだ。
自責の念に囚われるリリアに、ゴルダークは優しい。
「兄上は今、戦ってらっしゃるのだ。そのお心の内の暗闇と、必死に」
「暗闇、でございますか」
「そうだ。この世で最も恐ろしいものは――何者でもない、自分の中の闇だ」
闇――闇。それはリリアの中にもある。
「だが、どれほど心が闇に覆われようと、人には、消えることのない一条の光があると、私は信じている。……むろん、兄上にも」
ゴルダークは静かに天を見上げる。その先は冷たい石壁だ。
「いつか、ご自身の闇に打ち勝つことを――私は信じている」
けれども、その先には青空が広がっている。
「……はい――はい。きっと……」
いつの日か、その青空の下に、晴れ晴れとした心で立てる日がくると――リリアもまた、信じることにした。
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