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大切な者

夜空には満天に輝く星々が宝石のようにちりばめられている。何と美しい、と言葉そうと思って止めた。口にするとあまりに安っぽく思えたからだ。粛々たる気持ちで自然の芸術を楽しみながら、ラ・デリは一人、ワインの入った杯を傾けていた。
これで、隣に美女でもいれば最高なのだが、あいにくと知り合いの美女(達)は、ラ・デリの詰めている城とは別の場所に配置されている。現在、この城には戦士も騎士も魔導士も侍もいるが、全員野郎ばかりだった。戦力的には充分だったが、ラ・デリはいささか不満だ。この配置を行ったのが、自分の君主であるレイナートというところがさらに。
幼き風貌を持つ君主レイナートは、ラ・デリとの付き合いが長い。ラ・デリの性癖、つまり女性を見かけたら声を掛けるのは紳士の礼儀、口説くのは務めと公言してはばからないほどの女好きを、とことんまで知り抜いている。さらに、騎士としての仕事があまり好きではないことも。ファンダリアとの緊張状態が続いていた少し前ならばともかく、各国の同盟が締結された今、敵は魔族のみ。ひとまず落ちついた今、ふらふらと美女に吸い寄せられていくラ・デリを牽制する意味もあったのだろう。
さて、その無情な君主といえば、現在、トラッドノア城で大わらわの筈である。同盟軍は、各神殿で宝物を手に入れるための準備を着々と進めており、まもなく神殿に向けて軍が出される。周囲はぴりいりと殺気にも似た緊張感を漂わせているが、ラ・デリはどんどん冷めていく自分を感じていた。

この戦いが終わったら、また戦いが始まるのではないか?

そんな、漠然とした、不安がある。その不安のせいで、戦いに集中できていないのだ。
いや、そもそも戦いは好きではない。だが、トラッドノアでも数少ない魔法騎士である自分が、戦場と無縁でいられるはずがない。それは仕方がないと思う。それを承知で剣と手に取ったのだから。それに、戦場と厭うと同時に、戦いの中で高揚する自分も確かにいる。だから、主の命で戦えといわれれば、それがよほど人道に悖る命令でない限り、ラ・デリは剣を携えて戦場に向かうだろう。
だが、戦いには苦々しい思い出が付きまとう。とりわけ、ラ・デリがまだレイナートに使えていなかった頃の、馬鹿馬鹿く、今でも嫌悪しか浮かばない戦いがある。
その戦いは、陰惨でねちっこく、影で誰かをこっそり虐めて密やかに笑みを浮かべるような、醜い戦いだ。戦場は王城や貴族の屋敷で、ラ・デリは貴族の一員として、参戦を義務づけられたのだが、それが嫌で城下を視察と称してぶらついたり、悪い噂が立つように仕事をさぼったりと、自堕落な生活を送っていた。役者よろしく馬鹿貴族の駄目騎士を自ら演出したのだが、おかげで、名門貴族という肩書きのわりには、政権争いには巻き込まれずにすんだ。ラ・デリの計略勝ちである。
そこそこの地位で、そこそこ自由に、そこそこ楽しい生活。そうやって毎日を過ごし、年老いていく。世の中など、どうでも良い。自分がそれなりに楽しく生きられれば。それだけで十分だと思っていたのに、表舞台に無理矢理引っ張り出してきたのが、今の主である。一癖も二癖もある現主は、ラ・デリの才能を埋もれさせるのは惜しいから、と取り立てた。
はっきりいって、余計な世話だ。
と、当初は思っていた。そう思うままに、自分を変えることなく、適当に職務に当たっていた。その間、レイナートはゆっくりと、だが確実に、馬鹿馬鹿しい政争を収めていった。権力に取り憑かれた、愚かな重鎮達にすら、そうとは気づかせずに。
今、トラッドノアは非常に居心地の良い城だ。あれほど権力に執着していた人間が、嘘のように円くなって、人道的な意見を述べる様は、かつての様子を知っているラ・デリからしてみれば、なにやら胡散臭い。だが、周囲の人間はその変化すら、好意的に受け取っているのだから、人間、変われば変わるものである。
そしてふと自分を振り返ってみれば、以前より厭世的でなくなっている自分がいた。職務に忠実、とはいえないが、自分の中に確固たる望みができ、それに向かって苦労を厭わずに働いている。その自分の姿に気が付いて、ラ・デリはしばらく呆然とした時期があった。レイナートは、城の重鎮達だけでなく、ラ・デリもゆっくりと変えていったのだ。
素直に、恐ろしい、と思った。
と、同時に、敬服した。この人には敵わない。
以来、ラ・デリはレイナートの忠実な臣下となった。

今度の戦いは、発端はファンダリアの宣戦布告だったが、いつ起ってもおかしくない戦いだった。歴史ある国家が衰退していく中、あちらこちらに乱立した、無法地帯。不満が爆発するのは近いだろう、とレイナートは予想していたし、ファンダリアが宣戦布告をしなくとも、小さなことが火種となって、戦渦は広がっていただろう。
そう考えると、不遜だが、マドルクの侵攻によって引き起こされたこの戦いは、むしろ人間にとって、自らの世界を護る戦いへと意識を向けさせられ、本来起るはずだった人間同士の諍いによる被害を、少なくしたのではないか、とすら思える。破竹の勢いで快進撃を続けたハイランド軍も、目的が征服でなくて、共闘の足がかりのためだったのだから、略奪もほとんど起らず、同盟という形で一つにまとまっていったのだ。だが、その同盟も、マドルクが倒された後は、どうなるのだろうか。そして、マドルク打倒という目的を掲げて、一つにまとまっていた国々は。
脳裏に浮かぶのは、それこそ、ラ・デリが逃げ出した(今では、自分は目の前の戦いから逃げ出しただけなのだ、とラ・デリも自覚していた)トラッドノアの権力争いである。あれが、国家という小さな枠組みでなく、大陸という舞台で繰り広げられるのではないか、という不安がある。
それは、決して君主達が不仲だからというわけではない。そういう争いは、渦中の人物の意志を汲み取ることなく、勝手に進んでいくことが多く、そして、一旦ことが始まってしまうと、その流れを止めることはとても難しいということを、ラ・デリは身をもって知っている。
もし、そうなってしまったら、それは、レイナートにもどうしようもできないだろう。レイナートが自国の問題をさり気なく片付けていくことができたのは、トラッドノアが小国だったからだ。これが、大陸全土となると、レイナートの手には負えなくなってくるはずだ。実際、レイナートは連合軍を取りまとめ、指揮を執るだけで、仕事量が許容量を超え気味だった。周囲が気遣ってトラッドノアの国政をムーランジュに任せるように進言しなければ、今頃過労で倒れていたに違いない。
ふと、もし、ゴルダークが大陸を統一してしまえば良かったのかもしれない、という考えが浮かんで、あまりにくだらない考えだと切って捨てた。そうなれば、主であるレイナートもただではすまないし、ゴルダークは確かに覇王の器だが、長い治世を築けるかというと、無理だろうとすぐに思えるからだ。ああいう傑物は、大抵自分の意志を引き継ぐ後継者を育成できない。実際、甥であるタイレルに何かと目を掛けているようだが、あれは、ファンダリアを治めるのならばともかく、大陸を治める器ではない。
杯をまた仰いだ。
結局、人間は一つの大きな家族にはなり得ないのだ、と、実は女性だけでなく『人』が大好きなラ・デリにはらしくない考えがぽん、と浮かんだ。
浮かんで、以前の厭世的な自分に逆戻りしている、と苦笑した。まだ、完全に諦めていないだけ、以前より少しましだが。
「もしも、を考えるだけ無駄か」
マドルクを倒した後のことを今考えても仕方がない。そもそも、マドルクを倒さなけれは『人』の未来はないのだから。
マドルクを倒し、未来を勝ち取ってこその、『これから』の不安は、ひとまず忘れる。ただ今は、目の前に広がる街並みを、魔族の侵攻から護りきることだけに専念する。
マドルクを倒し、世界が安寧か、混乱のどちらへと向かうのか、分らない。分らないが、することは同じだ。望みは、たった一つなのだから。

人々の顔に笑顔を。

できれば、女性の笑顔が多ければ、なおよろしい。






……上手くまとめられませんでした。しょんぼり。
ラ・デリは不真面目らしいですけど、でも人並みに仕事はこなしていると思います。そうじゃなければ、国の要職には付けないと思いますし。そういう意味では、メノルカも歌を唄いつつ、ちゃんと仕事はそれなりにこなしているのでしょう。
でも、シャイアの誤解がいまだに持って解けていないところとか、ボザックでの、ゴンゴスの「悪の少年」の言葉をさり気なく「悪の童顔」に言い換え、極悪非道までつけて下さっているところは、やっぱりラ・デリはラ・デリとしかいいようがないですね。君主も君主なら、部下も部下。ブラボー。
……じゃ、なくって。
そういう愛嬌とユーモアがあり、要領が良いのに、どこか不器用なところがある。そんなラ・デリが好きなのですが、彼の表向きはちゃめちゃそうにしていて、思慮深く、情が深いのに、国を預かる要職としてどこか冷徹な部分がある、という人柄を書きたかったんです。んですが、書ききれなかったと思います。どうしても引っかかってくるのが、ラ・デリが重要武将=レイナートに絶対の忠誠を誓っている人間だということ。そして、ボザックなどでのやり取りで、アクの強いトラッドノアの面々も、やっぱり精神的にレイナートに寄りかかっているんだなぁ、と思ってしまったところが、ネックになってしまいました。
だから、この話のラ・デリ、最終決断をレイナートに投げちゃってます。それだけ全幅の信頼を置いているということなのでしょうが、どこか危うげなものを感じます。
この話を読み終わって、むしろ、
それでいいのかラ・デリ!
と、思ってほしい一条です。
でも、完全に文章力が足りてません(涙)

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