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モクジ

ライバル

灼熱の炎の塊が髪をちりちりと焼き、爆風がマントをはためかせる。

次は、雷。

相手の予備動作から、次の手を予測して、メノルカは抗魔法呪文を唱えた。すぐさま魔力の本流が形あるものに変わり、周囲を覆う。それに降り注ぐ凶悪な光と衝撃。だが、それらは障壁で吸収され、メノルカまでは届かない。魔法によって生み出された雷の雨が消えた瞬間、メノルカも自らの魔法を放っていた。大地が割れ、轟き、巨大な尖塔が天に向かって飛び出していく。
だが、目当てが尖塔の餌食になった様子はない。
ぞっと背筋が冷える感覚にも似た、巨大な魔力の本流を感じ取って、メノルカは風の魔法を使って自らの体を吹っ飛ばした。その直後、まるで見計らったようにメノルカの立っていた場所に氷柱が生まれていた。

全く、手加減というものを知らんな。

実は、それはメノルカ自身もなのだが、自分のことは完全に棚に上げている。手加減をして勝てる相手ではない、という意識がメノルカの中にはあり、それが意外にも負けず嫌いな彼の闘争心に火を付けている。第一、この程度の魔法を喰らったところで、もともと魔力が桁外れの対戦相手が、瀕死の重傷を負うはずがない。爆炎魔法が直撃したところで、二、三日寝込む程度だろう。
という判断を、メノルカの対戦相手もしているので、容赦ない攻撃が続いているのだが。
お返しとばかりにメノルカはほとんど当てずっぽうでフレイムキャノンを放った。偶然にもそれは真っ直ぐ人影に飛んでいって、いきなり吹き付けた強風で軌道を変えられ、明後日の方向に飛んでいく。
フレイムキャノンが着弾した辺りでぎゃあ、とかひえぇぇ、という悲鳴が聞こえたようだったが、完全に無視した。
メノルカが今いるところはトラッドノアの魔法学院がよく使う教練場――というよりは、闘技場のようなものだが――で、学校施設の割りには造りの良い観客席(実はこの施設、トラッドノア国内で開かれている天下一魔法大会(仮)の会場にもなっている)にはかなりの数の見物人がいる。だが、いかなる魔法も、教練場から外には影響しない。教練場と観客席の間には強力な障壁が張られており、それを破るには、よっぽどの魔導士が、全魔法力を込めた一撃でも放たない限り無理だろう。だから、本来観客席の人間が悲鳴を上げる必要は全くないし、実際、トラッドノアの人間ならば、魔法の応酬に拍手喝采を送ることはあっても、悲鳴など上げない。今日の観客の様子がいつもと違うのは、彼らが、この教練場での戦いを見慣れていないからだ。なにせ、間近に飛んでくる炎や雷に一々悲鳴を上げて右往左往している。トラッドノアの人間もいるので、混乱して騒いでいる観客と、それを迷惑そうに眺めながら、メノルカ達の攻防に熱い視線を送っている者で半々ぐらいだろう。
ちらり、とメノルカが教練場の端にいる女性に目をやった。審判を買って出たその女性が、手にした懐中時計を気にし始めている。
――そろそろ、時間だ。
以前同じように戦ったとき、半日以上戦ってそれでも決着が付かなかったことから、今回は時間制限を最初から設定していたのだ。その時間が、そろそろ迫ろうとしていた。
メノルカは相手の一挙手一投足を見逃さないようにじっと見据え、自分の中にある魔力を練り上げていく。
そして、その魔力を、自らが描いた緻密な設計図に書き入れるように、無駄なく、的確に配分していく。魔力は、ただやたらめったら放出すればいい、というものではない。魔法が強大に、そして強力になって行くにつれ、繊細で緻密な絹織物のように魔力を練り上げなくてはならない。そして、自分の思ったとおりの配分で、すでにできあがった道に沿うように魔力を放出していく必要がある。それが下手だと、無駄に魔力を消費する。だが、メノルカは自分の魔力を思い通りに扱うこと、思い描く魔法を、完全な形で引き起こすことに関しては、天才的だった。
そして、同じくそれが天才的に上手い人間が、目の前に一人。
長い緑の髪に、エルフの特徴である尖った耳。本来であるなら、精霊使いとしての資質が高いはずの種族にあって、精霊を介さない魔法――魔術――に資質があったという珍しいエルフだ。しかも、魔術を習得するために人間社会のトラッドノアに単身移り住み、魔法学院にまで入学したという変わり種。だが、その才能は確か。相手も、魔力を高めているのを感じる。
小細工は無用。
メノルカは、自分の最も得意とする魔法を、最大の威力で解き放った。
相手も、同じく真っ正面からぶつかってくるのを確信して。








その数時間後。

「同質、同威力、同量の魔力で生み出された魔法が、全く同じ状況下で融合――つまり、正面からぶつかり合った場合、一旦その魔法は『収束するように見える』が、その後、重なり合った魔法が飽和状態を迎えて、本来の威力の数十倍で炸裂する、ということは、さっき、ボクが威力を極小に抑えたファイアーボールで確かめました。ちなみに、結果としてはフレイムキャノン数発分はあったから、二人が全力で放った魔法なら、この結果は、まぁ、当然かもね」
と、レイナートは半壊した教練場を振り返って見渡した。
メノルカと、その対戦相手――ラインノールが放った魔法は(メテオストームじゃありません。トラッドノア城下でメテオストームを放つまで我を忘れていませんでした)、思わぬ反応を引き起こし、普通の魔法ではびくともしない障壁をあっさり破って、甚大な被害をもたらした。咄嗟に、審判をしていたシャイアがホーリーシールドで被害を最小限に食い止め、見物客が魔導士だったということも幸いして、死者や重傷者はいなかったが、教練場は使い物にならない状態になっていた。
「今までそういった事例がなかったわけだし、わざとじゃないから、不可抗力ということで罪には問わないけど」
はぁ、とレイナートはため息を吐く。
「修理費、というよりも、これはもう建設費かな。はっきり行って莫大だよ。分ってる?」
無惨なほどボロボロになった服を纏った、実に有能な魔導士二人は、憮然として黙っている。
「と、いうことで。修理費はひとまず国庫から出すけど、二人の借金扱いにするから」
「な」
「年俸から天引きするからね。大丈夫、二人とも高給取りだから、五十年ぐらいで払い終わるし。ただ、その間、手取りの給料が無くなるけど、安心していいよ。特別支給が出るように、たくさん仕事を回すから」
さーっとメノルカの顔色が悪くなる。対して、ラインノールはなんだそんなことか、と気楽に構えていた。エルフの彼にとって自給自足など何の苦もない。そもそも、元々は研究に没頭して、基本的な生活すら投げ出しているので、今更である。
「そ、それは……」
「五年ぐらいで返済する手段もあるけど、どうする?
その分だけ、容赦なく仕事を回すよ?」
「……いや。五十年間地道に働く」
メノルカは沈鬱な表情で、素直に初期案に従った。レイナート自らの斡旋した仕事が、ろくでもなかった例しなど……山ほどあるからだ。だが、メノルカはどれだけ精神的にストレスを感じ、お花畑を見る一歩手前の仕事だろうと、五年間で払いきってしまう方を選択するのだった、と五十年間悔やむことになる。
なぜなら、レイナートがボーナスボーナスと仄めかして回してくる仕事が(内容的にはそれほど無理のないもので、時折、魔力がスッカラカンになる程度ですむものだから、レイナートが回してきた仕事にしては、大部マシといえた)、常にラインノールと二人組で当たれ、というものだったからだ。
これが本当の罰だったのか、とメノルカが気が付いたのは、借金を完全返済した五十年後だった。

「でも結構楽しそうでしたよ」
というのは、ちょっと羨ましそうに二人を眺めていたレイナートの言である。
モクジ

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